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信州の匠を訪ねて

06 家具職人 鈴木正巳さん(木のすず)

"職人"の既成概念に囚われない
ITで加速する柔軟な家具づくり


トリプルモニタで効率よく作業を進める鈴木さん。
伊那市高遠で家具工房を始めて22年。静岡県牧之原市出身。

 

どんな家にも受け入れられる、自己主張しない家具

すっきりとした玄関収納、家具調の木製キッチン・食器棚。
つくり手の鈴木さん自らが「自己主張しない家具」と評する通り、どんな空間にもすんなり馴染む人気の注文家具。

伊那市高遠に工房を構える「木のすず」の家具は、年間6070棟もの工房信州の家に納められている。

 
完成し、工房信州の家への納品を待つ玄関収納。
シンプルで飽きのこないデザインが、
これから何十年と住まうマイホームに相応しい。

 

より良い家具づくりのために、パソコンに向かう

制作現場はどれほど慌ただしく動き回っているのかと思いきや、仕事場を訪ねてびっくり。代表の鈴木さんの仕事内容は、近年は専らパソコン作業が中心だそう。
製作する家具の図面作成や、発注・在庫・納品管理などに忙しく、カンナやノコギリを手にする機会はここ数年で格段に減った。
「“職人”のイメージを壊したら申し訳ない
()。ただ、木のすずの強みは、安定した生産能力にあると思っています」と話す鈴木さん。

一般的に無垢材中心の家具工房は小規模で、木のすず同等の量と価格とスピードで安定生産できるところはなかなか無い。
それができる秘訣は、ひとつは最新機械の導入により省力化と高精度な加工を実現したこと。
もうひとつは流通量が少ない国産材をあらかじめ購入し製材・乾燥することで、注文後すぐに制作を進められること。

ともすれば職人から敬遠されがちな「機械化」と「在庫を抱える」という二点に対して、臆せずにチャレンジしてきたからこその体制だ。


最新の木工機械を案内してくれた鈴木さん。

 

脱サラ・Iターンし、ゼロから歩んだ家具職人の道

鈴木さんはその経歴も型破りだ。
横浜国立大学の大学院で画像処理を学び、大手電器メーカーでハイビジョンカメラの設計職に11年間携わった。
しかし深夜残業と休日出勤ばかりで愛娘の寝顔しか見られない日々に「一生このままは嫌だ」と一大決心。
最先端を走る花形職業から一転、地方移住と家具職人への転身を決めた。
このとき、
35歳。
決断するなら今しかないと思った。

日曜大工は趣味だが、木工を学んだことはない。
「今思えば、大変危険な選択ですね。伊那技術専門校で学ぼうと思いましたが、学校からも“安定した大手企業を辞めて家具を生業にするなんて、やめなさい”と止められて
()。親戚も皆、大反対。
ただ、景気の良い時代でキャリアもあったので、いざとなったら地元の電気屋に再就職できるという目論見もあり、さほど不安はありませんでした。若かったんでしょうね
()」。
家具づくりの知識は、本を読み独学で習得した。師匠は居ない。
大変ではあったが、好きなことをやれるという面白さのほうが勝ったそうだ。

 
木のすずの工房にある参考書籍。
実用的な専門知識の豊富さから、
洋書で学ぶことが多いそう。

 


 

経年変化で味わいを増す、木製キッチン

木のすずが得意とする家具のひとつが、木製キッチンだ。県内外を問わず、年間3040件もの注文が舞い込むという。

キッチンは、付随する器具や大工工事との取り合いが難しく綿密な設計が必要になるが、メーカーの設計職出身の鈴木さんにとって詳細設計は得意分野だ。こだわりの強いお客様も多く様々な要望を受けるが、「曲作りに例えるなら、主旋律はお客様、編曲が木のすずといった感じ。お客様のイメージを具現化するための細やかな納まりをどう設計し形にするか。腕の見せどころです」。
いわゆる“アーティスト”としてではなく、夢実現の“サポート役”としてお客様に寄り添う、鈴木さんの姿勢が垣間見える。

キッチンの制作を始めたのは1996年、その第一号は奥様が経営するカフェのキッチンだった。
仕様もデザインも今と異なるつくりだが、木のキッチンの経年変化を見せるサンプルとしても活躍しているという。
「一般的なシステムキッチンは、完成した時がいちばん美しくその後は劣化する一方ですが、木のキッチンの価値は単調減少ではないんです。カフェで
20年使い続けた木のキッチンの味わい深さを、実際に見てほしいですね」


伊那市高遠で奥様が経営するカフェ"木のすず"にある、20年物の木製キッチン。
重ねた年月もこのキッチンの魅力の一部であることを感じる、趣ある佇まい。

 

再注文をいただく瞬間がいちばんの喜び

「納品時にお客様が喜んで下さるのは当たり前。いちばん嬉しいのは、リピートオーダーをいただくことですね。家具の使い心地を含めてご満足いただいたという証ですから」お客様からの口コミでご友人からの注文を受けることも多くあるそうだ。

来年には還暦を迎える鈴木さんに、これからの木のすずの展望を尋ねた。
「おかげさまで、現状の注文数で工場規模と人員の生産能力は目一杯。今は
SNSなど情報発信しやすい時代なので、その気になればもっと仕事をとることは出来るでしょうが、自分の目が行き届く規模に留めておきたい。これまでのお客様との縁・つながりを大切に、広告は一切なしで身を潜めてやっています()
将来は、高性能な機械や
AIに頼れるところは上手に頼って、人間は楽をしながら豊かに暮らせるような産業界になっていけばいいですね」

これからも最新技術と木のぬくもりに溢れた高品質な家具を、信州のたくさんのお客様のもとへ届けるパイオニアであってほしい。


"木のすず"のカフェ店内では、いずれも鈴木さん制作のチェアやソファ、チェストなどを見ることが出来る。