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信州の匠を訪ねて 01

無理な注文ほど腕が鳴る 生涯一職人をモットーに

―建具職人 熊谷次勇さん (熊谷木工所) ―



褒章と一緒の撮影に「自慢みたいで嫌だで」とはにかむ熊谷次勇さん。
平成23年 現代の名工(卓越技能者厚生労働大臣表所)、平成27年 黄綬褒章を受章。

 

 工房信州の家に縁のある匠を紹介する新連載。そのお一人目に相応しいとお声掛けしたのが、伊那市で木工所を営む熊谷次勇さん。工房信州の年間100棟の新築工事のうち、約30棟の建具制作を手掛けていただいている。

 

職人歴60年余り、手にした日本最高の栄誉

 熊谷さんは一昨年、黄綬褒章の栄誉を得た。これは「多年にわたり業務に精励し衆民の模範である者」に与えられる国の褒章のひとつ。

 受章者は皇居に招かれ天皇陛下に拝謁、咳払いもできないほどの緊張を味わったそう。

 一生に一度の機会に、熊谷さんがどうしてもやりたかったこと――それは、皇居の建具チェック。「どこへ行っても建具が気になる。皇居の戸は凝ったつくりではないが、重厚で建てつけの良さに惚れ惚れした」建具に見惚れるあまり記念撮影会場になかなか姿を見せず、付き添いの奥様をヤキモキさせた。

 中学卒業と同時に15才で父に弟子入りし、高校の夜学に通いながら修業に励んだ。家業を継ぐのが当たり前と迷いなく進んだ道だったが、元来ものづくりが好きで性に合っていた。職人気質の父は寡黙な人で、技や工程は見よう見まねで覚えたという。


手入れの行き届いた道具類が整然と並ぶ様は、まるでアトリエのよう。

 

自然の素材を扱うことの難しさと、喜び

 職人歴60年のなかで、いちばん変わったのは建具の“材料”だそう。

 以前は合板を貼り合わせたフラッシュ戸ばかりだったが、今は無垢材をメインに扱う。無垢材は反りや収縮が必ず起こるため、数年後も美しくあるために今も試作を繰り返す。無垢材の納まりは本当に難しいと話す熊谷さんに、でもそれが楽しいのでは?と問うと、淀みなく「そうなんだよ」と笑った。

 特に工房信州の展示場では新しい空間づくりのため、建具の納まりでも無理難題を言われることが多々ある。しかし「こっちも職人の意地があるから、”できない“は口が裂けても言わない」と熊谷さん。難しいものほど燃える性分でもあり、今でも新しいチャレンジができるのが嬉しいと話す。御年77才とは思えないほど精力的だ。

 現在は跡継ぎの長男を含め3人の職人が居るが、建具の納品日には自ら県内各地の工事現場へ赴く。「生涯一職人として全うしたい。それが、支えてくれた皆さんへの恩返しになる」

 
苦心した建具のひとつ、諏訪展示場のスリット引き戸。
細やかな組子細工を得意とする熊谷さんの技が活きる。

 


 

時代は移り変わっても、手加工の技術を絶やさず

 熊谷木工所の工場は、ご自宅の隣にある。勝手口を抜けて工場へ進むと、ふわりと漂う木の香り。しかし熊谷さんは「毎日のことだから、匂いなんてまったく分からねぇ」と笑う。

 工場は、先代の父が建てたもの。前の東京オリンピックの年に完成したと聞けば、その歴史の長さが分かる。

 手入れが行き届いた作業所は、先代の「掃除ができない者は、仕事もできない」との教えを体現しているようだ。

 広い作業所のなかに新旧さまざまな機械が整然と並ぶ。新しい機械は設計図を入力すると単純な組手は自動加工できるが、「最新の機械は息子たちの担当で俺には使えない。仕上がりは手仕事と遜色なく確かにキレイだけれど、数年後の美しさも同じかは分からない。便利な時代だからこそ、手加工の技をきちんと下の世代に伝えるのが自分の使命」と熊谷さん。

 

 一番お気に入りの道具は?と尋ねると、悩むことなく道具箱から取り出したのが愛用の鉋(カンナ)だ。

 「いつから使っているかも忘れるくらい古い。俺の自慢の道具だ」

 長年の使用で割れた台は樫の木で作り直した。刃は今や購入が難しい硬鋼で、電車のレールと同じ強固な材だが、使うたびに刃を研ぐので最初よりも2cmほど短くなった。

 現場へ行くときも必ず持参し、これがないと仕事にならない。他人の鉋ではだめだ。


左は熊谷さん愛用の鉋、右は先代の父の鉋。
どちらも手入れが行き届き、潤滑油を幾重にも塗られた台は美しく艶めく。

 

一職人として、お客様の暮らしに寄り添う

  組子細工を得意とする熊谷さんには忘れられないお客様がいる。

 昨年建具を納めた松本市の家で、出産を目前に赤ちゃんが亡くなったと聞いた。

 お客様とは着工式で顔を合わせただけだが、麻の葉の組子を半日掛かりで作って施工担当者から手渡してもらった。直径10cm余りの繊細な細工はすべて鉋の仕上げ。「麻の葉は子供の魔よけの意味合いがある文様。思い出させるのも可哀想かもしれないけれど‥哀悼の気持ちを形で示したかった」

 

 職人と聞けば頑固でそっけないイメージがあるかもしれない。

 けれど、熊谷さんはいつもそこに住む人の暮らしに思いを添わせている。

 工房信州の家の戸に触れて「あたたかみがある」と感じるのは、素材のせいばかりでなく、そこに匠の真心が込められているからかもしれない。


お客様に贈った麻の葉の組子細工と同じもの。
寸分の狂いもない組子は、手触りも抜群に良い。