言葉ではなく技で魅せる
妥協できない性分の、若き職人


大工一筋22年の羽田幸司さん。
二年前に先代を継いで羽田建築代表に。
二人の息子と妻と暮らす。40才。

 

長野駅前から善光寺へとつづく表参道を歩くと、両側に建ち並ぶ灯篭が目に留まる。
2009年の善光寺御開帳に合わせて復元された四十八基の灯篭。
この建立を手掛けたのが、当社の施工パートナーでもある羽田建築さんだ。

同じく善光寺表参道にある、数寄屋造りの雅やかな茶室棟「竹風堂・知音亭」の建築も羽田さんであり、長野市景観賞を受賞するなど華々しい実績を持つ。

その技の確かさに定評がある、今年40才になったばかりの若き匠を訪ねた。

 
羽田さんが手掛けた、善光寺表参道の灯篭(写真左)と、竹風堂の和食どころ・知音亭(写真右)。
灯篭は高さ3.5m、総木曽ヒノキづくりの仕様はもとより、羽田さんの手仕事の美しさに注目してほしい。

 
仕上がりの美しさに現れる、妥協のない性分

「工期や予算に制限がある現場でも、これでいいやと思えないたちで。
 面倒くさい注文ほど、正直、燃えます」と話す羽田幸司さん。

当社とのお付き合いのはじまりは、長野支店を開設したばかりの2009年、建替えのお宅の仮住まいを施工していただいたこと。その仕上がりの美しさに、新築後に取り壊すには勿体ないレベルだとスタッフ一同驚愕した‥というエピソードも、羽田さんの性分を知ると頷ける。
羽田さんを知るスタッフは、早くて美しい仕事をする大工さん、と誰もが口を揃える。

 

大工の父の背中を見ながら

先代の父から羽田建築を継いで、二年目。

大工としてのルーツは、幼少期にさかのぼる。「幼い頃から、時間さえあれば父に連れられ工事現場へ。遊び半分に掃除を手伝ったり、木工の真似事をしたり。現場が遊び場でした」。
知らず知らずのうちに現場のイロハが体に染みついた。

高校卒業と同時に職業訓練校で木造建築を学び、18才で大工になった。
家でも、仕事場でも、常に父親と行動を共にする日々。
息苦しさも感じた1年目は、三週間の家出をしたこともあるという。
「大工の仕事に固執するつもりはなかったんです。でも違う道に進むことはなんとなくできなかった。何だかんだ言って、現場仕事が好きなんでしょうね」。

技術が身に付くに比例して面白さを感じ始めた三年目、親方である父から材料の墨付けを一任されるようになった。
墨付けとは、加工の下準備として木材に目印を付ける作業のこと。どの材をどこに用いてどう刻むかを見極め、墨壺を使いこなして狂いのない線をひく。一人前の大工の証ともいえる工程を三年目にして任されたことに、その資質の確かさが伺える。


墨出しを行うための大工道具「墨壺(すみつぼ)」。
墨を浸した糸を張って指ではじくことで、木材に直線を引く。
思い通りに綺麗な線を描くためには、熟練の技が必要。


 

厳しい指摘は、より良いものづくりのために

学生時代から技能大会では軒並み優勝をさらっていた、熟練大工でも難儀する木目を一瞬で見極めた、‥羽田さんの目利き腕利きの評判はあちこちから聞こえる。だが、本人の口からは決してひけらかさない。言葉ではなく技で語る、典型的な職人だ。

「対面では遠慮なく厳しい指摘をくれるけれど、陰では絶対に文句を言わない人です」と語るのは、大工社員の川村だ。
大工職に転向して三年目の川村は、以前にインテリアコーディネーター担当として羽田さんの現場に入るとき、指示図面の詰めの甘さを指摘されて何度も悔しい思いをした。それが、立場が変わり同じ大工として仕事をするようになると、"不愛想で文句の多い人"という以前の印象は一変したそう。「休憩時間に大工同士で愚痴を言い合う、という姿を勝手に想像していましたが、真逆でした。スタッフに対して言うべきことはきちんと伝え、スタッフが帰れば技に徹するのみ。厳しい指摘もストイックな仕事ぶりも、すべて"良いものを作りたい”思いに終始一貫している。カッコいいですよ」

 
2017年は四ヶ月間、羽田さんの下で修業を積んだ大工社員・川村。
現場でしか知り得ない羽田さんの凄さや人となりを嬉しそうに語ってくれた。

 
誰よりも、現場が好き

羽田さんは、現場への入り時間の早さも特徴的だ。大工社員の川村は羽田さんの現場に入るとき、棟梁よりも先に現場に着こうと、朝7時、6時半、さらに6時と連日到着時間を早めたが、それでも羽田さんの姿が必ずあり一番乗りを諦めたという。
毎朝、妻と子どもの寝顔を見ながら家を出るのが日常的だが「無理をしているわけではなくて、自然と現場に足がむいてしまうんですよね」と本人は言う。

今も羽田建築では年に一軒程、新築住宅の直接請負の要望を受けるという。その際には図面作成から施工管理まですべて羽田さんが手掛けるのだが「デスクに向かう仕事をしていると、早く現場に出たいなとウズウズしてしまう。大工道具を持って手を動かしている時間が何より好き。それは、お客様の喜びのために、自分が貢献できるいちばんの作業だと思うからでしょうね」

 
川村がコーディネーター時代、羽田さんと共に苦労して仕上げた千曲の家。木組みの架構が美しい。

コラム|信州の匠を訪ねて

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