腕一本で仕上げる左官業
体験で塗り仕事の価値を伝えたい


朗らかな人柄が魅力の伊藤健さん、55才。
祖父の代から続く左官屋の三代目で、高校卒業後からこの道一筋37年。
三人の娘は独立し、現在は奥様と二人自適に暮らす。

 "参加型の家づくり" 先導役として

「一番やりがいを感じる瞬間は、一緒に塗り壁体験をしたお客様の表情がぱっと輝いて、喜ぶ顔が見られたとき。
お客様と職人がご一緒できる機会は、普通ありませんからね。お客様が工事に参加することがスタンダードな、工房信州の家づくりならではの醍醐味です」

工事中のお客様参加メニューを数多く提供する"ひとてま工房”のサービスのうち、ダントツで一番人気なのが"珪藻土塗り体験"だ。その家に住むご家族と一緒に工事現場に入り、コテの使い方をレクチャーしながら壁の一部を塗り上げてもらう。
工房信州の家がお客様の家づくり参加を提唱し始めた当初から、先陣を切って塗り壁体験を推し進めてくれた、意欲的な左官屋さんだ。

傍目には簡単そうに見えるコテ使いも、実際に体験するとその難しさがよく分かる。珪藻土の素材や職人の技に触れることで、お客様がその価値を改めて実感できることにもつながる。

「上手くできるかどうかではなく、自由にやってもらうことを大切にしています。
塗りものには無限の可能性がある。手形やメッセージを遺すのも、ビーズやタイルを埋め込むのも自由で、アイデア次第で何をやってもいい。クロス貼りのように決まりきった完成形はないので、ご家族が思い出を刻みやすい絶好の体験だと思います」

お客様の手を取って塗り影体験をフォローする伊藤さん。
小さなお子さんも含めたご家族全員で楽しめると好評だ。

 

体験で、新しい価値が生まれる

伊藤さんが初めてお客様と一緒に塗り体験を行ったのは、自身が20代半ばの頃。工房信州の家の展示場で、来場者と共に小さな木枠に塗り壁をし手形をつけるというイベントがあった。
コテ塗りの技を間近に見たお客様が目を輝かせて感激する姿は、伊藤さんにとって新鮮な光景だった。

折しも時代は長野オリンピックによる長野版バブル景気も終焉を迎え、建設業全体に低迷ムードが漂っていた頃。自然素材の家への理解度もまだ低く、左官屋としてこれからの仕事を模索していた時期であった。

「左官の仕事でこんな喜ばせ方もできるんだ!という驚きを、今も印象深く覚えています。そのときの発見が、今の自分の考え方の原点になっているかもしれません」

今では工房信州の家を建てる方の半数以上が行う手形付け。
塗りたての柔らかな珪藻土の感触が、いつまでも思い出に残る。


 

大規模建築で培った、きめ細かなコテ使い

時代の変化に伴い、伊藤左官工業所が請け負う仕事の内容も大きく様変わりした。

伊藤さんの父が代表を務めていたバブル期には、最大で15名の職人を抱え、官公庁やマンションのモルタル塗りなど大規模な建物工事の受注に事欠かなかったという。

自身も迷わず左官職人の道を選び、高校卒業と同時に武者修行で単身上田市へと向かった伊藤さん。
修行先はRC(鉄筋コンクリート)造を専門とする左官集団だったという。
「最後にはクロスを貼りますが、土台のコンクリートがまっすぐでなければ仕上がりも凸凹に。コテ一本で、いかに水平・垂直・平らに塗り上げるか、左官の基本ともいえる技術を徹底的に学びました」。

最初の3年間は修行の身で先輩の売上から分け前が月収として与えられたが、4年目からは御礼奉公として、初めて日当をもらった。
「まさに自分の腕一本で稼いだ、と感慨深かったですね」

 

写真左/ 取材日は塗り壁の仕上げ工事中。一棟分の珪藻土が60袋近く運び込まれた(一袋10kg入り)。
一時間ほどで乾き始めるため、一袋ずつ水と練り混ぜながら手際よく塗り上げていく。
写真右/ コテ跡をあえて残した塗り放しで、職人の息遣いが感じられる仕上がりに。

 

日本建築に欠かせない左官仕事を、後世に遺すために

今では戸建て住宅に特化した伊藤左官工業所。
左官屋の仕事と言えば"塗り壁”を思い起こすかもしれないが、それだけではない。
基礎天端を均して建物全体で±1.0mm以内という水平精度を実現したり、土間の洗出し仕上げや水周りのタイル貼りで機能性・デザイン性を高める仕上げ工事など、携わる項目は多岐にわたる。

大規模建築との違いを伊藤さんに尋ねると、「お客様の顔が見えることが大きなやりがい」だと力強く語ってくれた。
「特に塗り壁などの仕上げ工事前後で、建物の表情は一変する。現場を見に来たお客様が、すごく良くなりましたね!と喜ぶ姿を見ると、苦労も吹き飛びます」。

ここ数年、自然素材や左官仕上げの良さが見直される風潮を歓迎しながらも、職人の成り手不足を憂う伊藤さん。
「新建材に追いやられて、若い人が左官業に触れる機会がない、なりたくても技術を学ぶ場がない。中南信には訓練校も無くなってしまいました。この先塗り仕事のニーズが増えたとしても、職人の育成が追い付かない状況に危機感を感じています。普通の人なら定年を考える年代になりましたが、指導者的立場として日本古来の左官の技を次の世代へ伝えるべく、まだまだ頑張りたいと思っています」

伊藤左官工業所の皆さん。
代表の伊藤健さん(写真左)を含め、現在4名の左官職人を抱える。

コラム|信州の匠を訪ねて

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